■日本文学・日本語学・日本史学と上方文化本の図書出版


太宰治研究24



目次


〔著書と収載作品〕
特輯 短篇小説集『晩年』と収載作品
『晩年』試論―執筆順位を中心に― 安藤 宏
「思ひ出」論―「源氏物語」のパロディという読み― 神谷忠孝
「列車」を読む 伊狩 弘
「地球図」論 綾目広治
「猿ヶ島」小考―「俊寛」に触れて― 出原隆俊
「雀こ」の世界 山本欣司
「道化の華」―「わざと」と「うつとり」 高田知波
「猿面冠者」論 川崎和啓
初出の「逆行」と『晩年』所収の「逆行」 樫原 修
「彼は昔の彼ならず」論 長原しのぶ
法・家族・記憶からの逃走―太宰治「玩具」論― 佐野正人
「陰火」論―怪しくかぎろう文学の夢 新保邦寛
「めくら草紙」論 河野龍也
〔作品論〕
田舎者 小埜裕二
〔座談会〕
「現代小説を語る」 吉岡亮
「歓楽極まりて哀情多し」について 宮越 勉
〔アンケート回答〕
昭和一七年の三篇(「日記抄」「机辺の書」「私の好きな詩と言葉」) 伊藤一郎
〔会見談〕
空無とは何か―「新春作家訪問―無の無の無、即ち空無へ」について 鈴木正和
「恋と革命を語る人気作家ダザイ氏」(「人民しんぶん」昭和二二年六月二日) 古橋昌尚
「ホープ青森 漫訪記」に見る愛憎―流行作家、太宰治の受容 大島丈志
【会見談】「太宰治先生訪問記」 神田由美子
「近代人の憂愁」と「斜陽」―「机辺ルポルタージュ 太宰治氏の場合」 岡昌宏
〔資料紹介〕
《カルト・ブランシユ》のアンケエト 斎藤理生
太宰治「桜桃」成立考―『読売新聞』昭和二三年二月六日の記事より 玉井晶章
〔作品評釈〕
「二十世紀旗手」評釈(四)斎藤理生
「HUMAN LOST」評釈(五) 山口俊雄



編集後記

 
 「太宰治研究」第二四輯は、新設の「著書と収載作品」をはじめとし、「作品論」「座談会」「アンケート回答」「会見談」「資料紹介」「作品評釈」の七種の論考によって構成した。
 「著書と収載作品」欄は、「特輯 短篇小説集『晩年』と収載作品」とした。安藤宏氏の「『晩年』試論」をはじめとし、日本近代文学研究界の大家、中堅による一三篇の力篇の寄稿を得て、充実した特輯となった。想えば、奥野健男氏、相馬正一氏、鳥居邦朗氏などの太宰治研究家をはじめとする当時の第一線の研究家一三名の論考によって、「特集『晩年』」を編み、「太宰治研究」第一輯を和泉書院から上梓したのは、平成六(一九九四)年六月一九日である。二〇余年の時を隔てて、再び『晩年』の特集を編むことができ、感慨深い。第一輯に稿を寄せられた神谷忠孝氏が、この輯にも稿を寄せられている。
 「作品論」欄には、「田舎者」についての小埜裕二氏の論考を掲げた。「田舎者」は、謄写版の同人間の通信に、初めて太宰治の筆名で掲げた、短文の随想である。その自己規定の象徴的な意味の真摯な論究を寄せてくれた、小埜氏に感謝する。
 「座談会」欄には、二篇の論考を掲げた。作家太宰治が出席した座談会で、記録に残っていて管見に入っているのは、昭和二一(一九四六)年一一月二五日に開催された「現代小説を語る」と「歓楽極まりて哀情多し」との二篇だけである。この二篇の座談会について、本格的に論じた論考は、これまでになかった。吉岡亮氏と宮越勉氏との論考は、太宰治の作品研究の進展に、寄与するにちがいない。
 「アンケート回答」欄には、伊藤一郎氏の「昭和一七年の三篇」のアンケート回答についての論を掲げた。第二三輯の「アンケート回答」欄に掲げた五篇の論考と併せ、企画の時点で判明していた太宰治の「アンケート回答」が、すべて論じられたことになる。なお、今輯の「資料紹介」欄には、斎藤理生氏によって「《カルト・ブランシユ》のアンケエト」が紹介されていることを、付記しておく。
 「会見談」欄には、五篇の稿を掲げた。「東京新聞」「人民しんぶん」「デーリー東北」「大映フアン」「文学の世界」などの新聞雑誌に掲げられた記者や女優による「会見談」について論じてもらった。その時々における太宰治の意識の在り様が論究されていて、興味深い。
 「資料紹介」欄には、二篇の稿を掲げた。前輯の「編輯後記」で「久方ぶりの、活字化された太宰治の文章の発見である」として紹介した「読書ノート」にひきつづき、斎藤理生氏によって、また全集未収録の活字化された太宰治の文章が発見された。同人雑誌「カルト・ブランシユ」第一六号(昭和一四年一二月二〇日付発行)に掲載された、アンケエト回答である。当時の太宰治の「文学に対する厳しい姿勢」が窺える文章だ。いまひとつの玉井晶章氏「太宰治「桜桃」成立考―「読売新聞」昭和二三年二月六日の記事より」は、拙稿「解題」(『太宰治全集第九巻』筑摩書房、平成二年一〇月二五日付発行)執筆時に発見できなかった新聞記事を発見され、それを基に「桜桃」の成立時期を推定されたものである。三谷憲正氏の推挙によると聞く。(中略)ともあれ、玉井晶章氏の探索によって、「桜桃」所掲の新聞記事の出典が明らかになった。その労に敬意を表しておきたい。なお、今輯に掲載を予定していた拙稿「太宰治ビブリオグラフィー 研究参考書 二〇〇九〜二〇一〇」は、紙幅の関係で次輯に回すことにした。
 「作品評釈」欄には、二篇の稿を掲げた。斎藤理生氏と山口俊雄氏との、前輯に続く「評釈」である。斎藤理生氏の「「二十世紀旗手」評釈(四)」は「七唱。」「八唱。」「九唱。」の「評釈」であり、山口俊雄氏の「「HUMAN LOST」評釈(五)」は、「四日。」「五日。」「六日。」「七日。」「八日。」「九日。」「十日。」「十一日。」の「評釈」を掲げた。山口氏の続稿「十二日。」「おわりに―作品全体について」も、脱稿され届けられていたのだが、紙幅の都合で、次輯に掲載させて戴くようお願いした。了承下さった山口俊雄氏に、お礼を申し上げたい。両氏の周到精妙な評釈は、読む者の意識と言葉の創造的な力とを活性化し、豊かな作品世界を現出させるにちがいない。
 なお、昨年一一月七日、八日の両日、秀明大学での大学祭では、「第一小説集『晩年』」に重点をおいた「太宰治展」が開催され、八日には、安藤宏氏の講演もあったようだ。川島幸希氏の尽力によって、充実した図録も発行されている。
 また、平成二八(二〇一六)年二月一八日、太宰治の次女で作家の津島佑子(戸籍名里子)さんが、肺がんのため逝去された。享年六八歳。謹んで哀悼の意を表する。(後略) (山内祥史)
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