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太宰治研究21



目次


〔作品とその生成要素〕
「葉桜と魔笛」から「津軽」まで

「葉桜と魔笛」と尾崎一雄「ささやかな事件」 木村小夜
太宰治「ろまん燈籠」考―グリム童話集と連句的発想と― 花崎育代
『正義と微笑』と堤康久日記―マルキシズムからキリスト教へ― 田中良彦
「水仙」と菊池寛「忠直卿行状記」 箕野聡子
「花火」と『日大生殺し 徳田栄子の手記』 北川扶生子
「右大臣実朝」と『金槐和歌集』 樫原 修
〈作家〉の痕跡―「右大臣実朝」と「吾妻鏡」― 関谷一郎
「花吹雪」と宮本武蔵「独行道」 長野秀樹
「不審庵」と『千家正流茶の湯客の心得』 真銅正宏
中世十三湊を幻視幻想する太宰治『津軽』 横手一彦
「津軽」と松尾芭蕉「行脚掟」、橘南谿「東遊記」 宮崎靖士

〔作品論I〕
随想「春昼」から「一つの約束」まで 「春昼」の真実 宮澤健太郎
「私のこのごろ」 梶谷 崇
「諸君の位置」、作品論の位置―付 シラー「地球の分配」(小栗孝則訳)― 日比嘉高
「蒼穹答へず」 佐藤淳一
太宰治「六月十九日」論―〈日付〉は語る― 足立直子
「或る忠告」 秋山 稔
「食通」考―酒が結ぶ友誼― 大田正紀
「十九字二十四行」「四百五十六字」の謎―「現代文学」「甘口辛口」欄について― 高塚 雅
太宰治「炎天汗談」論―「退歩」の拒否― 小林幸夫
「小照」―昭和一七年の太宰治と井伏鱒二― 渡部麻実
「文盲自嘲」―「自嘲」の芸― 高橋広満
「『馬来の日記』序」―太宰治と櫻岡孝治を再び繋ぐ「戦地」― 小澤 純
身振りをふりほどく身振り―「わが愛好する言葉」― 和田茂俊
「金銭の話」―薔薇のイロニー― 黒田大河
「横綱」―「忍の教へ」をめぐって― 宗像和重
「革財布」論―可憐な精神― 渡邊ルリ
「「惜別」の意図」 仁平道明
昭和一九年の「藝術ぎらひ」 宮川健郎
「郷愁」における追悼の方法―賛辞を形成する太宰の負い目意識― 清水 均
「純真」論 高橋和幸
語り手はどこにいるのか―太宰治「一つの約束」― 竹内栄美子

〔作品論II〕
衆二(太宰治)の短歌―太宰文学における短歌的表現の意味― 太田 登
今朝は初雪―朱鱗(太宰治)の俳句― 坪内稔典

〔資料紹介〕
「酒屋のお園」と「鮨屋のお里」―太宰治息女命名の由来― 山内祥史
太宰治ビブリオグラフィー 研究参考書 二〇〇七〜二〇〇八 山内祥史

〔作品評釈〕
「二十世紀旗手」評釈(一)
 斎藤理生/「HUMAN LOST」評釈(二) 山口俊雄



編集後記

 
 「太宰治研究」第二一輯は、「作品とその生成要素」「作品論機廖嶌酩箆性供廖峪駑曽匆陝廖嶌酩壁昭瓠廚慮渕錣旅討砲茲辰胴柔している。
 「作品とその生成要素」欄は、「「葉桜と魔笛」から「津軽」まで」とした。「葉桜と魔笛」は、一九三九(昭和一四)年六月一日付発行の「若草」に発表され、「津軽」は、一九四四(昭和一九)年一一月一五日付「新風土記叢書7」として小山書店から上梓された。これら九作品とその生成要素について、一一氏の方々に論究して貰った。各専攻分野において、各々にまとまった業績を挙げている方々である。種々新しい発見の見られる論考で、作品理解が一段と深化したように思う。一一氏に感謝の意を表したい。
 「作品論機徑鵑蓮◆嵜鐐曄崕嫦襦廚ら「一つの約束」まで」とし、二一篇の随想作品論を掲げた。「春昼」は一九三九(昭和一四)年六月一日付発行の「月刊文章」に発表され、「一つの約束」は一九四四(昭和一九)年頃青森県で発行の雑誌に発表されたと推測される。これまで殆ど論じられることのなかった随想作品について、大家、中堅、新進の気鋭の諸家が、真摯に論究し、様々な新発見を提示してくれた。二一氏にお礼を申し上げる。
 「作品とその生成要素」欄と「作品論機徑鵑箸忘里蠑紊欧榛酩雰欧蓮一九三九(昭和一四)年六月から一九四四(昭和一九)年末までに発表された作品で、日中戦争、太平洋戦争下の時代の作品ということになる。時代は緊迫し多くの人々が死んでいったが、太宰治も職業作家としての自覚を持ち、緊迫感を持ってひたすら創作活動に専念した時代であったと思う。
 「作品論供徑鵑蓮⊆磴日の太宰治の「短歌と俳句」を論じて貰った。太田登氏は近代短歌の専攻で、石川・木についての多くの論考がある。坪内稔典氏は、周知のように近代俳句の専攻だが実作もされている。「俳句αあるふぁ」二〇一三年二月三月号は、「特集坪内稔典の世界」であった。
 「資料紹介」欄の「「酒屋のお園」と「鮨屋のお里」」は、最近気付いた「太宰治息女命名の由来」である。編輯長の廣橋研三社長に、二頁だけ戴きたいとお願いして、掲載して貰ったが、若干はみ出してしまった。本輯所掲の小林幸夫氏「太宰治「炎天汗談」論」でも、太宰治が「新橋演舞場で文楽を、しかも栄三、文五郎を見たという。そして十年振りだという。」その言説に言及され、貴重な紹介をされている。「太宰治ビブリオグラフィー」は、「単行研究書」の「二〇〇七・二〇〇八」を掲げた。
 「作品評釈」欄には、新しく斎藤理生氏による「「二十世紀旗手」評釈(一)」を掲げた。氏には『新世紀 太宰治』(双文社出版、二〇〇九年六月九日付発行)の共編書があり、氏の研究室からは「太宰治スタディーズ」も発行されている。今回は、「概要」「タイトル」「エピグラフ」「序唱」の評釈を掲げた。また、山口俊雄氏「「HUMAN LOST」評釈(二)」は、前回の補足三点と「二十日。」より「二十四日。」までの評釈とを掲げた。作品の「言葉」の様々な検証は、「人間」を主体として、作品を対象的に定立された像としてとらえるのではなく、「言葉」を主体として、作品を「言葉が語る」世界としてとらえようとする場合、重要であろう。両氏評釈は、作品の本性を感じとっていくための、多くの貴重な示唆を与えてくれるにちがいない。
 却説、「太宰治研究」第二一輯への寄稿を受諾されていた櫻田俊子氏が、二〇一二年八月四日に稿成らぬまま逝去された。法政大学大学院において、二〇〇八年度に「太宰治研究―女性独白体の成立と展開」によって博士(文学)の学位を取得された。管見に入った櫻田俊子氏の論考類は、「日本文学論叢」「法政大学大学院紀要」「郷土作家研究」「法政文芸」などに掲載されている。謹んで哀悼の意を表したい。また、二〇一三年二月五日には、太宰治研究家の相馬正一氏が逝去された。二〇〇九年七月一二日浦子夫人を失い、二〇一一年末に自らも肝臓癌摘出手術を受けている。二〇一二年師走中旬の便りに「地方の隔月刊誌に「太宰治と三島由紀夫」を連載しております。」とあったので、元気になったのだと思っていたところ、二〇一三年元旦に届いた年賀状には「病気と駈けっこをしている日常です。これも因果と諦めています。」とあった。まだ�U復していなかったのだ、と思っていた矢先に訃報が届いた。謹んで哀悼の意を表したい。
 なお、鎌倉文学館では、「太宰治が筆名を決めてから八〇年、鎌倉ゆかりの『右大臣実朝』を刊行してから七〇年の節目を記念し」(館長富岡幸一郎氏)特別展「太宰治vs津島修治」を開催している。監修は、鎌倉在住の作家高橋源一郎氏。開催期間は二〇一三年四月二七日から七月七日まで。六四頁に及ぶ図録も発行されている。(後略)(山内祥史)
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