■日本文学・日本語学・日本史学と上方文化本の図書出版


太宰治研究18



目次


〔作品論I〕
「破産」論―西鶴「三匁五分曙の鐘」とのゆきあい 安田義明

〔作品論II〕
随想「悶悶日記」から「九月十月十一月」まで
太宰治「悶悶日記」について―『晩年』から『人間失格』への道― 池田純溢
三枚の原稿用紙―太宰治「走ラヌ名馬」の行方― 中島国彦
「先生三人」について 関口安義/春夫と旅行できなかつた話 半田美永
読者太宰治の耳―「音について」― 山本亮介
「檀君の近業について」について 赤塚正幸
思案の敗北 小澤保博
「一日の労苦」―〈内〉と〈外〉を繋ぐもの― 長原しのぶ
創作活動の転機へ―太宰治における創作主体確立の型を随想に読む 酒井 敏
「答案落第」―反転する〈落第〉・中期太宰文学への道筋 森本隆子
太宰治と緒方隆士―「緒方氏を殺した者」について― 木村 功
「一歩前進二歩退却」―潜伏する「魔物」― 吉田悦志
「校長三代」と「学生群」―「再生」する回想― 相馬明文
太宰治「女人創造」論―否定形による創造 宮三世
「むかしの亡者」といまの亡者 杉浦 静
「九月十月十一月」について 水川布美子

〔作品とその生成要素〕
拒まれし〈私〉の物語―〈もう一つの富士〉遠望 川島秀一
「富嶽百景」と吉岡禅寺洞「単一の精神」―方法としての「浄化」 斎藤理生
テクストをめぐる承認・配置・受容―「有明淑の日記」
太宰治「女生徒」 松本和也

〔資料紹介〕
太宰治全集未収録書簡 櫛引洋一
三田循司と太宰治―太宰治全集未収葉書六通の紹介を中心に― 山内祥史
三上義雄宛封書・福島保夫宛葉書各一通 井上雅敬
太宰治ビブリオグラフィー 二〇〇五 山内祥史

〔作品評釈〕
走れメロス」評釈(四) 近藤周吾
「葉桜と魔笛」評釈(二) 三谷憲正



編集後記

 
 「太宰治研究」第一八輯は、「作品論機廖嶌酩箆性供廖嶌酩覆箸修寮言要素」「資料紹介」「作品評釈」の五種の稿を以て構成した。
 「作品論機徑鵑砲蓮安田義明氏の「破産」論を掲げた。安田義明氏には、「太宰治『お伽草紙』論―「舌切雀」の読みを中心にして」(「滝川国文」第一七号、二〇〇一年三月二三日付発行)や「『新釈諸国噺』論―〈わたくしのさいかく〉への変容を視点に―」(「国学院短期大学紀要」第二五巻、二〇〇八年三月付発行)等の稿がある。この度の稿は、「「破産」というフィルターを透すことによって「三匁五分曙の鐘」が遂に洗い出される」という作品の特徴を、論究した力�gであった。
 「作品論供徑鵑砲蓮∩綾瓦紡海「悶悶日記」から「九月十月十一月」までの随想作品論を掲げた。これまで単独で論じられることのなかった各「随想」が、焦点に据えられ論究されていて、新しい発見も多くあるようだ。「作品とその生成要素」欄には、「作品供徑鵑汎瓜期の「富獄百景」「女生徒」における、著名な生成要素の問題を論じて貰った。ふたつの欄で今回論究されたのは、保田与重郎に倣って言えば、『虚構の彷徨』『二十世紀旗手』『女生徒』の時代の作品、ということになろう。これら作品について、近代文学研究の大家、中堅、新鋭の方々の真摯な論究を得ることができた。各論者に謝意を表したい。なお、「作品論供徑鵑法嵬緻綟記」についての稿を寄せられた池田純�D氏は、稿を訂正され完成された後の、二〇一〇年一月七日に逝去された。享年六七歳。ご遺族の意向に従って、校正は静岡大学の松岡智之氏にお願いした。池田純�D氏は、大岡昇平の研究家で、中央公論社版『大岡昇平全集』全一五巻(一九七三年一〇月三〇日付〜一九七五年八月三〇日付発行)各巻の「解題」と共に「第十五巻」に「年譜」「著作目録」も掲げられている。若き日「Ton」第三号(一九六四年六月二〇日付発行)の「特集太宰治論」に、「大きな夕陽―「走れメロス」まで―」を寄せられていた。第一八輯の上梓を楽しみにしておられたと聞く。謹んで哀悼の意を表する。
 「資料紹介」欄には、四篇の稿を掲げた。櫛引洋一氏の稿は、『太宰治生誕一〇〇年特別展』(青森県近代文学館、二〇〇九年七月一一日付発行)で公表された、小館善四郎宛封書と北條誠宛葉書との各一通の紹介である。展示当時、青森県近代文学館室長をしておられた櫛引洋一氏に紹介を依頼した。「三田循司と太宰治」は、三田循司、三田ぐ戸媾駭残未発見され、「付記」に記した諸氏、諸社、諸館の助力によって諸資料を入手し稿を成した。井上雅敬氏の稿は、弘前市立郷土文学館での「太宰治生誕一〇〇年展」で展示されていた、三上義雄宛封書と福島保夫宛葉書との各一通の紹介である。三上義雄宛封書は、三上雪郎「太宰治とわが青春」(「太宰治全集12月報12」筑摩書房、一九九九年四月二五日付発行)に紹介されたが、全集「書簡」の巻には未収録で、発信地名、宛先地名や封書の文面も確認できるよう、紹介して貰った。「太宰治ビブリオグラフィー」は「二〇〇五」を掲載。
 「作品評釈」欄には、ふたつの稿を掲げた。近藤周吾氏「「走れメロス」評釈(四)」は、「山賊たち」の襲撃を「突破し」たあと、「疲労」で「まどろん」だメロスが、目覚めて再び「シラクスの市」を目差して駆けて行く場面までの評釈である。三谷憲正氏「「葉桜と魔笛」評釈(二)」は、第一六輯の導入部の評釈に続き、「妹」が「姉」の「私」に「M・Tといふ男のひと」の「手紙」のことを話しかけ話題にする、展開部の評釈である。共に作品研究の進展に寄与する、力�gであろう。
 却説、二〇〇九年一〇月五日、石上玄一郎(戸籍名上田重彦)氏が逝去された。官立弘前高等学校で太宰治と同期であった作家である。享年九九歳。謹んで哀悼の意を表したい。なお、第一六輯の「編輯後記」に追悼の辞を記したふたりの研究者の追悼文集が上梓された。太宰文学研究会編『追悼長篠康一郎―太宰治に捧げた生涯―』(太宰文学研究会、二〇〇九年六月一九日付発行)と弘前ペンクラブ編『小野正文を偲ぶ』(未知谷、二〇〇九年九月二一日付発行)とである。ともに巻末に詳細な著作目録が掲げられていて、参考になるようだ。(後略)(山内祥史)

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