■日本文学・日本語学・日本史学と上方文化本の図書出版


太宰治研究15



目次



〔作品論〕【作品論】
特輯・「メリイクリスマス」から「酒の追憶」まで

去勢された口亜(わら)い―太宰治「メリイクリスマス」論 石川 巧
「ヴィヨンの妻」の周辺 柏木隆雄
「父」論 坂根俊英
太宰治「女神」小論―帝国の亡霊は消滅したか 菅聡子
「朝」 感応的(センシティブ)なテクスト 二瓶浩明
「犯人」の言葉 斎藤理生
二重の「女装」―「饗応夫人」論 飯田祐子
太宰治「酒の追憶」論―その演戯性について 遠藤伸治
「富嶽百景」論 安藤宏

〔資料紹介〕
太宰治ビブリオグラフィー 研究参考書 二〇〇二〜二〇〇四 山内祥史

〔作家論〕
石川淳と太宰治―「聖書」の活用から見えるもの 山口俊雄
太宰治と聖書―一九四八年 奥野政元

〔作品評釈〕
「葉」評釈(二)―アイロニーとフィクション 中村三春
「走れメロス」評釈(一) 近藤周吾



編集後記

 
 「太宰治研究」第一五輯には、「作品論」「資料紹介」「作家論」「作品評釈」の四種の文章を掲げた。
 このうち、「作品論」欄は、「特輯『メリイクリスマス』から『酒の追憶』まで」とした。戦時中太宰治は、アメリカ軍による空襲が激化してきたため、一九四五(昭和二〇)年四月一〇日に三鷹を離れた。だが、疎開した甲府で罹災し、同年七月二八日甲府を離れ、故郷の金木に再疎開した。その後一年余を金木で過ごし、一九四六(昭和二一)年一一月一四日、三鷹の旧居に帰着している。「メリイクリスマス」は、上京後の第一作で、一九四六(昭和二一)年一二月一〇日過ぎ迄に脱稿され、「中央公論」一九四七(昭和二二)年新年号に掲載された。また、「酒の追憶」は、上京後約一年後の一九四七(昭和二二)年一一月中旬か下旬かに脱稿され、「地上」一九四八(昭和二三)年新年号に掲載された。第一五輯は、いわば戦後上京した直後の太宰治によって執筆され発表された作品についての論考を特輯したことになる。
 これら作品のうち、「メリイクリスマス」「父」「女神」「朝」「犯人」「饗応夫人」「酒の追憶」等は、これまで殆んど本格的に論じられる事がなかった。「ヴィヨンの妻」と共に、これら作品についての真摯な論考を寄せて下さった執筆者各位の労に、心よりお礼を申し上げたい。なお、飯田祐子氏の論考で言及されている「饗応夫人」のモデル桜井浜江(本名桜井ハマヱ)氏が、二〇〇七(平成一九)年二月一二日に逝去された。享年九八歳。追悼記「墓碑銘 太宰治と交流があった 洋画家、桜井浜江さん」(「週刊新潮」第二五五八号、二〇〇七年三月一日付発行)のあった事を、島田怜子氏に教示されて知った。謹んで哀悼の意を捧げる。
 また、「富獄百景」は、「走れメロス」と共に、教科書採録で有名になった作品である。「太宰治研究」でも、第四輯に紅野謙介氏「『富獄百景』における数の思考」を、第七輯、第八輯、第九輯に川崎和啓氏「『富獄百景』評釈」を掲げてきた。此の度安藤宏氏が、教科書指導書で「富獄百景」を担当されたと聞いたので、「富獄百景」についての論を依頼した。「富獄百景」を、あらためて「私小説」として再評価された論考である。
 「資料紹介」欄には、「太宰治ビブリオグラフィー」の「研究参考書 二〇〇二〜二〇〇四」を掲げた。この稿は、拙編『太宰治論集 作家論篇 別巻』(ゆまに書房、一九九四年七月一〇日付発行)に掲げた拙稿「太宰治研究参考書目録」に続く稿で、「太宰治研究」の第六輯、第八輯、第一〇輯、第一二輯と断続掲載してきた。岸金剛著『太宰治の作品とそのモデル』(城南社、一九四八年八月一五日付発行)に始まる太宰治の「研究参考書」が、二〇〇四年末で三六一冊に達した事に、感慨を覚える。
 「作家論」欄では、山口俊雄氏に「石川淳と太宰治」を論じてもらった。山口俊雄氏には『石川淳作品研究 「佳人」から「焼跡のイエス」まで』(双文社出版、二〇〇五年七月二九日付発行)の著書と『太宰治をおもしろく読む方法』(風媒社、二〇〇六年九月二五日付発行)の編書とがある。
 また、奥野政元氏には、「太宰治と聖書 一九四八年」を論じてもらった。「太宰治研究」第二輯から、「太宰治と聖書」の稿を、次のように断続して掲げてきた。
 笠井秋生氏「太宰治とキリスト教―昭和十一年前後における聖書との関わり―」(第二輯)
 佐藤泰正氏「太宰治と聖書―一九三八〜三九を中心に―」(第五輯)
 遠藤裕氏「太宰治と聖書―一九四〇・四一年を中心に―」(第七輯)
 田中良彦氏「太宰治と聖書―一九四二・四三年を中心に―」(第一一輯)
 千葉正昭氏「太宰治と聖書―戦時下昭和一九・二〇年の接点―」(第一二輯)
 服部康喜氏「太宰治と聖書―一九四六〜一九四七」(第一四輯)
 鰭崎潤氏は、小館善四郎氏に誘われて、船崎に太宰治を訪れるようになり、軈て塚本虎二氏の主宰する無教会的聖書研究誌「聖書知識」を持参して、太宰治と長時間キリスト教について話すようになった。それが一九三五(昭和一〇)年の事である。その頃から、太宰治が逝去する一九四八(昭和二三)年までの「太宰治と聖書」の関わりを、これで全期間論じてきた事になる。
 「作品評釈」欄には、中村三春氏の「『葉』評釈(二)―アイロニーとフィクション―」を掲げた。「葉」は「三十六の断章から成る」と理解されている。このうち、第一四輯には、「タイトル」から「第八断章」までの評釈を、第一五輯には、「第九断章」から「第一三断章」までの評釈を掲げた。「葉」は、奥行きを具備した多面体に喩えられる。辰野隆氏は、『失ひし時を索めて 第一巻スワン家の方機戞壁霏¬扈餘 一九三一年七月一八日付発行)の宣伝用推薦文で、「プルウストの現実は、記憶の世界であつた。遠く、深くから錯綜しつつ堆積して表皮の如き現在に停る過去であつた。単一に見ゆる現在を決定せる過去であると同時に、他の幾多の現在とも成り得べかりし多角多様の過去であつた。」と論じたが、「葉」もまた「多角多様」の「錯綜」した複雑さを秘めている。中村三春氏の評釈は、「作家が心を砕く言葉の選択と配置そのものを凝視」し「フィクションとしての強度を測定する」という。その成果が期待される。
 また、近藤周吾氏の「『走れメロス』評釈(一)」も掲げた。「走れメロス」の作品論は、拙編『太宰治「走れメロス」作品論集成(近代文学作品論集成8)』(クレス出版、二〇〇一年四月二五日付発行)に、主要論考二四篇を集成した。その出版を終えた直後、近藤周吾氏の「『走れメロス』の〈話型学〉―典拠・教科書・解釈―(前)」(「日本近代文学会北海道支部会報」第四号、二〇〇一年七月六日付発行)と「『走れメロス』の〈話型学〉―典拠・教科書・解釈―(後)」(「日本近代文学会北海道支部会報」第五号、二〇〇二年五月三一日付発行)という、B5判で四四頁に亙る周到な論考が発表されて、気掛かりになっていた。その論考の成果が反映される事を、期待したい。(後略)(山内祥史)
トップページに戻る
個人情報について | 著作権について | サイトマップ | お問い合わせCOPYRIGHT (C) 2009 @Izumi Shoin. ALL RIGHTS RESERVED.