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太宰治研究14



目次



〔作品論〕
特輯・「チヤンス」から「トカトントン」まで

太宰治「チヤンス」論 竹腰幸夫
「春の枯葉」精読 関谷一郎
太宰治「雀」論 岸睦子
「たづねびと」論―反転し続ける絵 永渕朋枝
「薄明」論 原仁司
太宰治「男女同権」論―昭和二一年への問いかけ 金子幸代
「親友交歓」論―井伏鱒二にふれて 岩崎文人
「トカトントン」論 綾目広治
「親といふ二字」論―太宰流・人情噺の創作 有元伸子

〔資料紹介〕
櫻井均宛葉書三通封書一通 山内祥史
木村庄助日誌「巻四」と「巻五」(続)―川端康成と太宰治 浅田高明
太宰治ビブリオグラフィー 二〇〇一〜二〇〇二 山内祥史

〔作家論〕
中村地平と太宰治―「活字」の「手紙」という問題 松本常彦
太宰治と聖書―一九四六〜一九四七 服部康喜
太宰治と社会主義運動 三谷憲正

〔作品評釈〕
「葉」評釈(一)―引用とフラグメント 中村三春




編集後記

 
 「太宰治研究」第一四輯には、「作品論」「資料紹介」「作家論」「作品評釈」の四種の文章を掲げた。
 「作品論」欄は、「『特輯『チヤンス』から『トカトントン』まで」とした。「チヤンス」は一九四六(昭和二一)年七月一日付発行の「藝術」第一号に発表され、「トカトントン」は一九四七(昭和二二)年一月一日付発行の「群像」第二巻第一号に発表されている。これに、一九四六(昭和二一)年一月二八日付発行の「新風」創刊号に発表された「親といふ二字」の作品論を加えて、前輯の作品論の欠を補った。脱稿は、「薄明」がもっとも早く、一九四五(昭和二〇)年九月中旬頃と推定され、「トカトントン」がもっとも遅く、一九四六(昭和二一)年一一月上旬頃と推定される。この九篇の作品のうち、「春の枯葉」「たづねびと」「男女同権」の三篇には、若干の作品論が見られ、「トカトントン」には、洋々社発行の「太宰治」第四号での「特集『トカトントン』」があった。しかし、その他の「チヤンス」「雀」「薄明」「親友交歓」「親といふ二字」の五篇には、これまでほとんど独立した作品論が見られなかったようである。以上のような作品について、各々に気鋭の研究者による力篇作品論が得られたことは、幸いであった。九人の研究者に謝意を表したい。
 「資料紹介」欄には、三篇の稿を掲げた。「櫻井均宛葉書三通封書一通」を紹介することになった経緯は、拙稿の劈頭に記した通りである。これら書簡の紹介は、できれば櫻井毅氏に、それが不可能ならば島田怜子氏にお願いしたい、と思っていたのだが、両氏とも辞退されたので、已むなく拙稿を綴る仕儀となった。因みに、櫻井毅(つよし)氏は、櫻井均氏の長男で、東京大学大学院博士課程修了の経済学者、武蔵大学教授、学長を経て、現在武蔵大学名誉教授である。櫻井毅氏の著『出版の意気地』を、併せて参考にしていただきたいと思う。浅田高明氏の「木村庄助日誌『巻四』と『巻五』(続)―川端康成と太宰治―」は、「太宰治研究」第七輯に掲載された同氏の「木村庄助日誌『巻四』と『巻五』」に続く稿である。この続稿は、随分以前に寄せていただいていたのだが、都合で掲載が遅延してしまった。お詫び申しあげておきたい。昨年末には、木村重信氏の編で『木村庄助日誌―太宰治「パンドラの匣」の底本』も上梓された。木村重信氏「はじめに」と浅田高明氏「小説『パンドラの匣』の原質料 『木村庄助日誌』をめぐって」とを首尾に配して、「太宰治を思ふ 日誌九」が翻刻されている。「パンドラの匣」研究の進展が期待されるようだ。「太宰治ビブリオグラフィー」は、「二〇〇一〜二〇〇二」を掲げた。
 「作家論」欄には、松本常彦氏の「中村地平と太宰治」を掲げた。中村地平は、太宰治と同じ年同じ大学を受験して入学し、同じように井伏鱒二宅に出入りし、同じ同人雑誌にも関わりをもった文学者である。中村地平の「失踪」(「行動」一九三五年九月)や太宰治の「喝采」(「若草」一九三六年一〇月)には、若き日のふたりの交流の一端も描かれた。「太宰治と聖書」は、「一九四六〜一九四七」について服部康喜氏に論じていただき、「太宰治と社会主義運動」は、「一九三二」について三谷憲正氏に論じていただくよう、依頼した。ともに、「太宰治研究」第二輯以来、多くの研究者に書き継いでいただいてきた論考の、続篇と考えてもらってよい。因みに、一〇年ほど前になろうか、「日本共産党中央委長(ママ) 田中清玄聴書」という標題の、B4版一四二枚に詳細に記載された警察による「奥山、森脇、佐々木、広瀬、赤松、山岡、大塩、神田事 無職 田中清玄」からの「聴取書」を入手した。昭和五年に記載された文書の当時の謄本で、半ば消えかかっている。まだ確認をしていないが、もし未紹介のものであった時、機会があれば翻刻したいと思う。
 「作品評釈」欄には、中村三春氏の「『葉』評釈(一)」を掲げた。「葉」については、鳥居邦朗氏の「習作のもつ意味―太宰治―」(「国文学 解釈と鑑賞」一九六〇年一一月)以来、多くの論考がある。渡部芳紀氏「テクスト評釈『葉』」(「國文學 解釈と教材の研究」一九八二年五月)や長谷川吉弘氏「太宰治『葉』の解釈ノート(1)〜(4)」(「天火」一九八三年一二月〜一九八六年一二月)などの詳細な評釈もあった。このたびの中村三春氏の文芸学的「葉」評釈が加わることによって、いっそう作品理解が深められることを期待している。(後略)(山内祥史)
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