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太宰治研究2



目次


〔作品論特集〕
『断崖の錯覚』から『燈籠』まで


〔作品論〕
太宰治と左翼運動 川崎和啓
太宰治とキリスト教―昭和十一年前後における聖書との関わり 笠井秋生

〔回想記〕
太宰治の回想記 中野嘉一
荻窪の頃のことなど 緑川 貢
回想記 津島美知子

〔資料紹介〕
「善蔵を思ふ」余聞―志功と太宰のこだわり 伊藤榮一
「雀」送稿時の葉書二通 山内祥史

〔作品論〕
〈断崖〉の表象―「断崖の錯覚」論 花田俊典
「洋之助の気焔」論 前田貞昭
「ダス・ゲマイネ」試論 安藤 宏
「地球図」論(続)山内祥史
「雌に就いて」論―変移する〈リアリズム〉木村小夜
「虚構の春」論 山崎正純
小説のオートポイエーシス―「創生記」のテクスト分析 中村三春
「喝采」の 〈私〉(わたくし)性 浅野 洋
「あさましきもの」・その“影”と“光”と―太宰治における「エロス」一面 角田旅人
自己治療の文学―「HUMAN LOST」 石田忠彦
「燈籠」論―〈明るさ〉への助走 木村一信




編集後記

 
 「太宰治研究」第二輯には、「作家論」「回想記」「資料紹介」「作品論」の四種の文章を掲げた。

 「作家論」としては、二篇の論考を掲載。
 非合法であった共産主義運動が、青年たちのこころを強くとらえた昭和の初期に、太宰治は、高校時代、大学時代を過ごした。この左翼運動が、かれの生涯や作品とどのように関わるのかは、作家太宰治やその作品を論じる上で重要である。すでに、一連の論考でその問題を論じている川崎和啓氏に、再び「太宰治と左翼運動」を論じてもらった。
 また、太宰治は、左翼運動との関わりを断ったあと、内村鑑三や塚本虎二の信仰や聖書に関する言説を手がかりに、キリスト教に深い関心を示し、聖書を精読した。昭和一〇年代にふかく聖書に親しんだ稀有の作家といわれている。すでに、「太宰治における罪の意識」を論じ、文学作品におけるキリスト教の問題を精力的に論じている笠井秋生氏に、「太宰治とキリスト教」を論じてもらった。

 「回想記」としては、三篇の文章を掲載した。
 中野嘉一氏は、一九三六(昭和一一)年一〇月一三日から一一月一二日まで、太宰治が、東京武蔵野病院に入院していた時に、担当医師をした方である。太宰治の「HUMAN LOST」は、その折の体験を素材として執筆された小説で、中野嘉一氏の著書『太宰治――主治医の記録』は、その折の記録や記憶を紹介した貴重な著作である。
 緑川貢氏は、一九三七(昭和一二)年九月上旬頃、杉並区天沼一丁目の太宰治の下宿と近くの松嵐荘に転居してから、太宰治の室をよく訪れるようになり、一九三八(昭和一三)年九月一三日、太宰治が鎌滝方を引き払い、山梨県御坂峠の天下茶屋に行くまで、太宰治と日々をともにすることがもっとも多かった方と思われる。「日本浪曼派」同人で、一九三六(昭和一一)年七月一一日、上野精養軒で催された『晩年』出版記念会の「芳名録」にも、「緑川貢」の署名が見られる。「日本浪曼派」の時代を回想した労作「日本浪曼派私記」の「文芸復興」への連載もあった。
 津島美知子氏は、太宰治夫人。一九三九(昭和一四)年一月に結婚して以来、太宰治と生活をともにしてきた。物故作家の夫人による回想記には、夏目鏡子『漱石の思ひ出』、芥川文『追想芥川龍之介』、谷崎松子『倚松庵の夢』その他数多いが、それらのなかで、津島美知子『回想の太宰治』は、群を抜いて秀逸と評価されている。

 「資料紹介」欄には、ふたつの文章を掲げた。
 「『善蔵を思ふ』余聞」の劈頭に紹介されている太宰治の「回答文」は、全集未収録資料である。紹介者の伊藤榮一氏は、県立青森中学校の卒業生。一九四六(昭和二一)年二月六日、太宰治は、母校の県立青森中学校の生徒たちを対象に、「真の教養と日本の独立」と題して講演をした。この時伊藤榮一氏は、三年に在籍し、その講演を聴いたという。以後、太宰治に傾倒し、太宰治の伝記や資料の調査に尽力。すでに、一九四三(昭和一八)年一二月二五日付発行の「青中月報」に発表した、太宰治の無題の全集未収録資料も発見し紹介している。
 「『雀』送稿時の葉書二通」に紹介したのは、一九九二年六月二〇日付発行の『明治古典会七夕大入札会目録』に、写真で掲げられた葉書である。

 「作品論」欄は、「特輯『断崖の錯覚』から『燈籠』まで」とした。
 太宰治の文業は、一般に初期、前期、中期、後期と区分されている。このうち、所謂「初期」の文業は、習作で、所謂「前期」の文業は、一九三三(昭和八)年、「太宰治」の筆名で発表されるようになってからの作品から、とされている。だが、「断崖の錯覚」は、黒木舜平(「目次」では「黒木俊平」)の筆名で「文化公論」一九三四(昭和九)年四月号に発表され、「洋之助の気焔」は、井伏鱒二の署名で「文芸春秋」一九三四(昭和九)年四月号に発表された。この二作品は、例外ということになろう。すでに指摘されているように、「断崖の錯覚」は太宰治の作品であり、「洋之助の気焔」は井伏鱒二と太宰治との合作と考えられる。この二作品もふくめ、「ダス・ゲマイネ」「地球図」「雌に就いて」「虚構の春」「創生記」「喝釆」「あさましきもの」「HUMAN LOST」「燈籠」の計一一篇の作品論を掲げた。このうち「『地球図』論(続)」は、第一輯に前半部のみを「『地球図』論」として掲げて割愛した、続稿の後半部である。他の一〇篇の作品論の執筆を担当してくれたのは、近代文学研究家として活躍している、すでに著名な気鋭の諸家ばかりである。所謂「前期」の小説で、掲載がかなわなかった、「彼は昔の彼ならず」「道化の華」「狂言の神」「二十世紀旗手」の四篇の作品論は、次輯以後に掲載できるよう、努力したい。

 第二輯の執筆者各位の協力に、お礼を申しあげる。(後略)(山内祥史)
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