■日本文学・日本語学・日本史学と上方文化本の図書出版


太宰治研究1



目次


〈特集〉『晩年』
「葉」論ノオト―芥川龍之介との関連を中心に 大久保典夫
「思い出」論 奥野健男
「魚服記」の物語形式 曾根博義
上野発一〇三列車 遠藤 祐
「地球図」論 山内祥史
「猿ヶ島」 饗庭孝男
「雀こ」論 相馬正一
「猿面冠者」の方法 笠原伸夫
「逆行」の表現 鳥居邦朗
「ロマネスク」―「これは、すこし、すさんでゐますから」考 野坂幸弘
「玩具」論―『晩年』の中の一視点として 佐藤泰正/
「陰火」論 平岡敏夫
「めくら草紙」論 神谷忠孝




編集後記

 
 和泉書院からは、周知のように、嘉部嘉蓮谷沢永一、福本彰、山崎国紀の四氏による森鷗外研究会編の雑誌「森鴎外研究」が発行されている。私も、依頼されて、第二号に「森鴎外と太宰治」と題する拙稿を寄せた。それが機縁になったのであろう。そののち、「森鴎外研究」を送っていただくようになった。そのたびに、こんな感じの太宰治の研究誌が欲しいという思いが、強くなっていった。
 太宰治関係の雑誌は、これまでに、つぎの九種発行されている。
 (1) 「太宰研究」(第二一号より「太宰治・研究資料」と改題)第一号〜第二二号('62・7〜'89・5、山内祥史発行)
 (2) 「太宰治研究」第一号〜第一〇号と臨時増刊号2冊('62・10〜'70〜6、審美社、韮沢謙発行)
 (3) 「研究会報」(第二号より「あわれが」と改題)第一号〜第五号(’72・7〜’73・3、太宰文学研究会、沢井道夫発行)
 (4) 「太宰治の人と芸術」第一号〜第七号('74・12〜'77・8、太宰文学研究会、長篠康一郎発行)
 (5) 「桜桃」第一号〜第三一号('75・5〜'80・5、桜桃のつどい、津島園子発行)
 (6) 「夾竹桃」第一号〜第五号と終刊号(合本)と十周年特別号〜十三周年号4冊('80・5〜'91・6、船橋太宰文学研究会、松山真砂発行)
 (7) 「俯仰の者」第一号〜第二号('82・1〜5、中原中也・太宰治研究所、村上明夫発行)
 (8) 「シルクハット」第一号〜第九号('85・6〜'93・6、シルクハットの会、第一号坂本浩、第二号浅川薫、第三号以降浅川勲発行)
 (9) 「太宰治」第一号〜第八号('85・7〜'92・6、洋々社、梅田鉄夫発行)
 このうち、「夾竹桃」「シルクハット」「太宰治」の三誌は、続刊中である。だが、「夾竹桃」「シルクハット」の二誌は、船橋と甲府という、太宰治ゆかりの地の太宰治フアンが刊行している、同人誌的色彩の強い雑誌だ。太宰治の人と作品とを論じた研究論文を主に掲げている研究誌といえば、「太宰治」一誌ということになろう。その「太宰治」も、年一冊しか発行されていない。もう一誌くらい、太宰治の研究誌があってもいいのではないか、と思っていたのだ。
 その思いを、和泉書院代表取締役の廣橋研三氏に話したことがあった。一九九一年の二月頃であったと思う。その年の五月頃、和泉書院の廣橋社長と藤澤哲也氏とが私の研究室に訪ねてこられ、あなたが編輯してくれるなら太宰治研究誌を出してもいい、といってくれた。そののちふたりと何度か打ち合せをし、一九九二年の六月創刊を目標に、計画を立てていった。創刊号は、やはり、すでに太宰治についての論考をかなりの数書いているような、第一線の研究家に執筆してもらおう、ということになった。藤澤氏が編輯事務を担当してくれて、原稿依頼その他事務的な処理は、着々と進捗した。何篇かの原稿は予定通りとどけられた。だが、原稿執筆で多忙をきわめているような方々ばかりに依頼したために、思うように原稿が集まらなかった。諸種の事情から、執筆を辞退される方もでてきた。「特集『晩年』」の作品論という企画も、悪かったのかもしれない。なんとか一五篇の作品論すべてを揃えたいと、発行を遅らせて、種々尽力もしたのだが、ついに果たせぬまま、発行にふみ切ることにした。早々と送稿して下さった方々には、こころよりおわび申しあげる。掲載のかなわなかった二つの作品論は、次号に掲載したい。
 ともかく、創刊号を発行することになった。執筆くださった各位に、衷心よりの謝意を表したい。(山内祥史)
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